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最高裁判所大法廷 昭和34年(オ)842号 判決 1965年3月10日

上告人

米田粂三

右訴訟代理人

椎木緑司

被上告人

城軍・蔵

被上告人

大下柾行

右両名訴訟代理人

伊藤仁

右訴訟復代理人

佐々木秀雄

主文

原判決を破棄する。

本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人椎木緑司の上告理由第一点および第二点について。

論旨は、被上告人らはそれぞれ原判決(引用の一審判決)判示の従前の土地の一部を上告人から賃借していたが、本件土地区画整理事業の施行者たる広島市長から右従前の土地に対する仮換地につき賃借権と同一内容の使用収益をなしうる部分の指定を受けていないから、右仮換地についてなんらの使用収益権を有しない筈であるのに、原審が、被上告人らは右仮換地につき潜在的に使用収益権を有するものであつて無権原の占有の場合と同視し得ないと判断して上告人の本訴請求を棄却したのは、土地区画整理法九八条、八五条の解釈を誤り、ひいては立証責任分配の原則に違反したものであるという。

よつて案ずるに、原判決によれば、上告人がその所有する本件従前の土地について本件土地区画整理事業の施行者たる広島市長から仮換地(換地予定地)の指定を受けたことおよび被上告人らが上告人から右従前の土地の一部をそれぞれ賃借していたことは当事者間に争いないというのである。被上告人らとしては、従前の土地の所有者たる上告人の連署を得るか、もしその連署が得られなければ、みずから施行者に対し当該賃借権を証する書面を添えて権利申告の手続をなし、施行者から右仮換地につき使用収益部分の指定を受けることによつて仮換地を使用収益することができるのである(本件土地区画整理事業は、当初特別都市計画に基づくものであつたため、被上告人らの施行者に対する賃借権届出の期間は同法施行令四五条の規定により土地区画整理施行地区の告示のあつた日から一箇月以内と定められていたが、その後、本件土地区画整理事業は原判決(引用の一審判決)判示のように土地区画整理法施行法五条の規定により昭和三〇年四月一日以降は土地区画整理法に基づく土地区画整理事業となり、従つて、被上告人らとしては、特段の事情のないかぎり、換地処分の終了するまでいつでも施行者に対し権利申告をなしうることとなつたのである。)。そして、このように従前の土地につき賃借権を有するにすぎない者は、施行者から使用収益部分の指定を受けることによつてはじめて当該部分について現実に使用収益をなしうるにいたるのであつて、いまだ指定を受けない段階において仮換地につき現実に使用収益をなし得ないものというのである。従つて、仮換地の指定により従前の土地上の賃借人所有の建物がそのまま仮換地地上に存することとなつた場合であつても、右賃借人としては、特段の事情もないのに、施行者に対し権利申告の手続をなさず、従つて施行者による使用収益部分の指定もないまま右建物を所有してその敷地たる仮換地の使用収益を継続することは許されないところといわなければならない。

しかるに、原審が、被上告人らにおいて施行者に対し権利申告の手続をせず、施行者から仮換地上の使用収益部分の指定を受けていないことを確定しながら、なお、被上告人らが仮換地について有する潜在的使用収益権に基づいて本件建物の敷地部分の使用収益を継続しうるものの如く判断して上告人の本訴請求を棄却したのは、土地区画整理法九八条、八五条の解釈適用を誤つたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、爾余の点に対する判断を俟つまでもなく、原判決は破棄を免れない。

しかして、本件は、事実上の主張につき原審においてなお審理の必要があるものと認められるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官奥野健一の補足意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。

土地区画整理法による仮換地の指定があつた場合、従前の土地に未登記の借地権その他の用益権を有する者は、同法八五条により土地所有者と連署し又は当該権利を証する書類を添えて単独で、その権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならない。施行者はその申告がない限り、これが権利は存しないものとみなして、所定の整理施行に必要な処分又は決定をすることができるのである。これは未登記の借地権その他の用益権の保護を目的とする反面、土地区画整理の迅速かつ画一的遂行を確保しようとする趣旨である。従つて、未登記の用益権者は、その権利の届出をしない限り、整理施行者に対しては自己の権利を対抗することができないと言わなくてはならない。しかし、土地所有者に対しても、右権利の申告をなし、用益権の目的となるべき部分の指定を受けない限り、その用益権を主張することができないものと解すべきかは問題である。

思うに、仮換地の指定は、土地関係者に対し私法上の権利義務の関係をあらたに創設する処分ではなく、仮換地の指定により、特別都市計画法一四条一項の規定の場合と同様、従前の土地に存する私法上の使用収益関係が仮換地の上に移行するものと解するのが相当である。けだし、従前の土地の上に私法上の使用収益権を有していた者は、仮換地の指定という行政処分により、従前の土地に対する使用収益権を奪われ、更にこれに代わるべき仮換地について、その権利の申告をなし、その用益権の目的となるべき部分の指定を受けないという一事により従前の土地に対して有していた私法上の用益権が土地所有者に対しても認められないということは、用益権者に酷であり不合理であるからである。従つて従前の土地の用益権者は仮換地について、少くとも従前の土地所有者に対する関係においては、その用益権を以つて対抗することができるものと解すべきである。しかし、未登記の用益権者は右の如く権利の申告及び指定を受けなくとも従前の土地の所有者に対する関係においては用益権の対抗を主張し得るけれども、仮換地は従前の土地と範囲、位置を異にするものであるから、仮換地のうちの如何なる位置の如何なる範囲の部分が用益権の目的となるべきかは、施行者の指定によつて初めて特定されるものと解すべきである。そしてこの指定は施行者の権限に属し、裁判所は濫りにこれに介入し、その指定をすることは許されないものと解する。殊に本件では、土地区画整理法に基づく土地区画整理事業であるから、換地処分の終了まで、用益権者は土地所有者の連署を要せず、単独に権利の申告をなし、その権利の目的となるべき部分の指定を受けることができるのであり、指定があれば遡及してその部分の占有が適法と解せられるのであるに拘らず、自ら用益権の目的となるべき部分の指定を受けずして擅に仮換地を占有使用するものであつて、かかることは土地所有者に対する関係においても許されざるところである。けだし、土地の占有者がその占有の正当なる権原に基づくものであること及びその正当に占有し得べき部分の範囲については、占有者において前記指定を受けたことについて主張立証すべき責任があり、これを尽さざる以上その占有は違法といわざるを得ないからである。

本件において被上告人らは施行者に対し権利申告の手続をなさず、その占有使用し得る部分の指定を受けないで、仮換地の上に建物を所有しその敷地部分の仮換地を占有使用するものであつて、その占有部分の占有の正当な権原に基づくことの立証を尽さざるものであるに拘らず、上告人の請求を棄却したのは、立証責任の分配の原則に違反したか、審理不尽の廉あるものというの外はない。よつて、原判決は破棄を免れない。(横田喜三郎 入江俊郎 奥野健一 石坂修一 山田作之助 横田正俊 草鹿浅之助 長部謹告 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠)

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